大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和56年(ワ)3375号 判決

原告

鈴木右子

ほか二名

被告

有限会社東重機興業

主文

一  被告らは各自原告らそれぞれに対し各金二五〇万円及びこれらに対する被告有限会社東重機興業及び被告諏訪英雄は昭和五六年四月七日から、被告高井清一は同年八月六日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告有限会社東重機興業及び被告諏訪英雄は各自原告鈴木右子に対し金九三七万二、二八〇円、原告鈴木晋也及び原告鈴木徳美のそれぞれに対し各金六七二万二、二八〇円及びこれらに対する昭和五六年四月七日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告有限会社東重機興業及び被告諏訪英雄に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、被告高井清一に生じた分を除いてこれを四分し、その一を被告らの負担とし、その二を被告有限会社東重機興業及び被告諏訪英雄の負担とし、その余を原告らの負担とし、被告高井清一に生じた分は同被告の負担とする。

五  この判決の第一、第二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告らそれぞれに対し各金二五〇万円及びこれらに対する被告会社及び被告諏訪は昭和五六年四月七日から、被告高井は同年八月六日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告会社及び被告諏訪は各自原告右子に対し金一、三一五万二、七二四円、原告晋也、同徳美のそれぞれに対し各金一、〇四〇万二、七二四円及びこれらに使する昭和五六年四月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五五年九月二七日午前四時一〇分ころ

(二) 場所 東京都墨田区向島二丁目一番地先路上

(三) 加害車 訴外許斐伴樹運転の普通貨物自動車(埼一一を一八七〇号)

(四) 被害者 訴外鈴木誠(以下「亡誠」という。)、同螺良吉宏

(五) 態様 訴外許斐が加害車両を運転し、前記日時場所を時速約五〇キロメートルで進行中、居眠り運転し、道路左側に駐車していた訴外福島石材運輸有限会社所有の事業用大型貨物自動車(福島一一か六五八〇号)及び事業用大型貨物自動車(福島一一か五三七六号)に追突し、加害車両に同乗していた被害者らが全身打撲の傷害により死亡した。

2  責任原因

(一) 被告会社は、加害車の保有者であり自賠法三条の責任がある。

(二) 被告諏訪は、被告会社の代表取締役であり、また安全運転管理者として、被告会社に代わり現実に訴外許斐の業務執行を監督する立場にあつたものであるから、訴外許斐が業務中に起こした居眠り運転の過失による本件事故について民法七一五条二項の責任がある。

(三) 被告高井は、被告会社の実質的な常務取締役として、配車業務を担当し各従業員の勤務状況を決定するなど被告会社に代わり現実に訴外許斐の業務執行を監督していたものであるから、訴外許斐が業務中に起こした居眠り運転の過失による本件事故について民法七一五条二項の責任がある。

3  原告らの地位

原告右子は、本件事故の被害者である亡誠の配偶者であり、原告晋也は、その長男、原告徳美は、その二男であり、原告らはそれぞれ本件事故により亡誠の被つた損害を各三分の一宛相続した。

4  損害

(一) 葬儀費等

原告右子は、亡誠の喪主として、亡誠のための葬祭費、仏壇購入費、墓建立費等のために金一〇〇万円の出費を余儀なくされた。

(二) 逸失利益

亡誠は、事故当時四三歳であり、事故前一年間の年収は金三八八万九、一三三円であつたから、稼働可能年数を二五年とし、生活費割合を二五パーセント控除し、新ホフマン係数(一五・九四四一)により中間利息を控除して算定すると、亡誠の逸失利益は金四、六五〇万六、五四四円となる。

(三) 慰謝料

亡誠には過失が全く無く、被告会社が訴外許斐に対し連続七二時間の労働を命じた結果の事故であること、亡誠が働き盛りで、子供の成長を楽しみにしていたこと等を考えると、亡誠本人の慰謝料としては金九〇〇万円が相当である。

原告右子は、一家の支柱を失つたため、学校へ行き手間と費用のかかる子供二人を抱えて茫然自失の状態であり、その固有の慰謝料としては金三〇〇万円が相当であり、原告晋也、同徳美にとつては、父を奪われた悲しみは言葉で尽くせないものがあり、その固有の慰謝料としては各金一五〇万円が相当である。

(四) 損害の填補

原告らは、自賠責保険から金一、九三四万八、三七一円、訴外許斐から金三〇〇万円、訴外福島石材運輸有限会社から金一二〇万円の合計金二、三五四万八、三七一円の損害の填補を受けているので、その三分の一宛の金七八四万九、四五七円を原告らの前記各損害額から控除すると、原告右子の損害額は金一、四六五万二、七二四円、原告晋也、同徳美の損害額は各金一、二一五万二、七二四円となる。

(五) 弁護士費用

原告らは、被告らから前記損害金の任意の支払を受けられなかつたため、弁護士である本件原告訴訟代理人に本件訴訟の提起、遂行を委任せざるを得ず、その弁護士費用として、原告右子は金一〇〇万円、原告晋也、同徳美は各金七五万円を損害として請求する。

5  よつて、原告らは、被告ら三名に対し、前記弁護士費用を除く損害額の各内金二五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である被告会社、被告諏訪については昭和五六年四月七日から、被告高井については同年八月六日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告会社及び被告諏訪に対し、右金二五〇万円を除いた損害額である原告右子は金一、三一五万二、七二四円、原告晋也、同徳美は各金一、〇四〇万二、七二四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年四月七日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)、(三)の事実は認め、(二)の事実中、被告諏訪が被告会社の代表取締役であることは認めるが、その余は否認する。

3  同3の事実は認める。

4  同4(一)の事実は不知。なお、被告会社は、葬祭費として金一三〇万六、三五五円(亡誠及び訴外亡螺良吉宏の葬祭費として合計金二六一万二、七一〇円の支出をしているため、亡誠の分としてその二分の一の額)を支出済である。

同4(二)の逸失利益の主張は争う。亡誠が被告会社で稼働していたのは昭和五三年五月から昭和五五年一〇月までの二年五か月であり、その間の収入は給料及び賞与金を合計して、昭和五三年度金一七九万五、六〇四円、昭和五四年度金三四〇万六、四六七円、昭和五五年度金二九八万〇、八九二円であつて、平均すると年収金三三七万九、一九四円である。しかし、右年収は鳶工として作業現場で労働することを前提として高給料となつているのであり、建築工事現場の鳶工としての労働は肉体的精神的にみて大体五五歳が限度であることが同種企業間の常識となつているのであるから、稼働期間は五五歳までの一二年間とすべきであり、また生活費割合としては四〇パーセントを控除すべきである。

同4(三)の慰謝料の主張は争う。なお、死者本人の慰謝料を請求している本件の場合において、近親者固有の慰謝料請求を認める必要はない。

同4(四)のとおり、原告らが損害の填補を受けていることは認める。なお、亡誠の父親である訴外吉田惣之助も自賠責保険から金六五万五、七二九円の支払を受けている。

同4(五)の弁護士費用の主張は争う。

三  被告らの主張

1  被告会社は、昭和四九年八月二八日設立された土木建築請負業を主とする有限会社であり、本件事故発生当時は資本金五〇〇万円、取締役二名(被告諏訪及び訴外諏訪節子)、保有車両一九台(クレーン車一三台、建柱車一台、トラツク五台)、従業員約三一名(うち事務関係担当者二名)を擁し、車両の配点、運行及び運転並びに機械の配置及び作業員の配置に関する指揮監督上の組織としては修理工場及び工事課があり、その上部組織として営業部が置かれていた。

業務内容は、通常オペレーター一名、鳶工二名の計三名の人員とクレーン車一台、トラツク一台の計二台の機械とを一組にして建築工事現場に送り込み、杭打ち、杭抜き作業等を行うものであり、亡誠は、訴外亡螺良吉宏(オペレーター)及び訴外許斐(鳶工)と共に一班を構成し、建築工事現場において鳶工に従事していた。

2  被告諏訪は、被告会社の代表取締役であるが、その業務はもつぱら対外的折衝、すなわち、元請会社を訪問し工事の受注を受けること、右工事内容につき打合せをすること、作業に使用する器材等の購入をすること、銀行や信用金庫と折衝し会社の運転資金を確保したり借財を弁済すること、元請会社への請求書類等の作成をすることなどを行つていたものであり、車両の配点、運行及び運転並びに機械の配置に関する業務は、被告会社の実質的な常務取締役である被告高井が責任をもつて監督していたのであつて、被告諏訪がこれらの業務を行つていた事実はない。したがつて、被告諏訪は、現実に作業員の配置等について監督していたわけではないから、民法七一五条二項の代理監督者にあたらないことが明白である。ちなみに、被告諏訪は被告会社の代表取締役でありながら、刑事訴追を免れている。

3  被告高井は、被告会社における車両の配点、運行及び運転並びに機械の配置及び作業員の配置に関する実質上の責任者であり、具体的に右業務の指揮監督をしていたものである。作業時間、作業場所、作業員の配置は、被告高井が作成する作業指示書によつて行われ、継続した現場の場合は作業員控室の黒板に記載する方法によつて指示がなされていた。

被告高井が下命した鳶工訴外許斐の本件事故前の稼働状況は次のとおりである。

九月二四日

(昼勤)

六時三〇分 出社(三〇分休憩)

七時 現場(大田区大森本町)へ出発

一〇時五〇分 現場到着(途中交通渋滞)

一一時~一二時 現場作業

一二時~一三時 昼食・休憩

一三時~一七時 現場作業

一七時 会社へ

一八時 会社到着

※トラツク運転時間 四時間五〇分

※現場作業時間 五時間

※休憩時間 二時間四〇分

(夜勤)

一九時 現場(千代田区神田岩本町)へ出発

一九時三〇分 現場到着(三〇分休憩)

二〇時~二三時 現場作業

二三時~二四時 休憩

九月二五日

〇時 会社へ

〇時三〇分 会社到着、帰宅

※トラツク運転時間 一時間

※現場作業時間 三時間

※休憩時間 一時間三〇分

(昼勤)

六時三〇分 出社し現場(渋谷区南平台)へ出発

八時 現場到着(三〇分休憩)

八時三〇分~一一時四五分 現場作業

一一時四五分~一三時一五分 昼食・休憩

一三時一五分~一六時 現場作業

一六時 右現場から他の現場(千代田区内神田)へ出発

一七時 同現場近くに到着

一七時~一九時 現場近くで休憩・仮眠

※トラツク運転時間 二時間三〇分

※現場作業時間 六時間

※休憩・仮眠時間 四時間

(夜勤)

一九時~二一時 現場で休憩・仮眠

二一時~二四時 現場作業

九月二六日

〇時~一時 休憩

一時~三時 現場作業

三時~三時三〇分 休憩

三時三〇分 会社へ

四時一〇分 会社到着

四時一〇分~六時四三分 睡眠

※トラツク運転時間 四〇分

※現場作業時間 五時間

※休憩・睡眠時間 六時間

(昼勤)

六時四三分 出社し現場(渋谷区南平台)へ出発

八時 現場到着(三〇分休憩)

八時三〇分~一一時三〇分 現場作業

一一時三〇分~一二時三〇分 昼食・休憩

一二時三〇分~一三時 現場作業

一三時~一三時三〇分 休憩

一三時三〇分 会社へ

一五時三〇分 会社到着

一五時三〇分~一九時二〇分 休憩・睡眠

※トラツク運転時間 三時間一七分

※現場作業時間 三時間三〇分

※休憩・仮睡眠時間 五時間二〇分

(夜勤)

一九時二〇分 現場(千代田区内神田)へ出発

二〇時 現場到着(一時間休憩)

二一時~二三時五〇分 現場作業

九月二七日

二三時五〇分~一時一〇分 食事・休憩

一時一〇分~二時二〇分 現場作業

二時二〇分~二時四五分 騒音苦情で作業を一時中断

二時四五分~三時三〇分 現場作業

三時三〇分~三時五〇分 休憩

三時五〇分 会社へ

帰路に本件事故発生

4  訴外高井の九月二六日の夜勤命令は、亡誠、訴外亡螺良吉宏及び訴外許斐との話合によつてなされたものであり、訴外許斐らに対し何時までに帰社しろと帰社時間を指示したことはなく、また訴外許斐らは翌日明番であつて急いで帰社する必要もなかつたのであるから、帰社途中眠けに襲われた時点で運転を中止し、仮眠するか、又は訴外螺良吉宏に運転の交替を依頼することができた筈である。被告会社は、下請会社の下請であり、元請からみれば孫下請となり、過当競争時代の業界の中で弱小企業の被告会社が今日までその命脈を保てたのは、誠意ある仕事内容と元請会社の指示に可能な限り協力してきたからである。被告高井は、これまで元請等の要請に対し、作業員及び機械・車両の配置をしてきたもので、設立されてから全く無事故であつた。本件事故ころ、急に元請からの要請で仕事をせねばならず、訴外許斐らに連続作業を命じたが、作業現場での時間は実際の労働時間よりかなり上乗せされており、かなりの待時間(仮眠時間)があるのが通常であることを考え、相当の注意を払つて作業を命じているのであるから、被告高井の作業指示行為は社会的に相当な行為と解することができ、民法七一五条二項の責任を負わないことは明白である。

5  原告らは、本件事故による損害の填補として、自認しているほかに、労災保険から一時金として昭和五六年三月二七日金二〇〇万円を受領しており(なお、右金二〇〇万円が原告ら反論のとおり遺族特別支給金であることは認める。)、かつ別紙遺族年金明細書のとおり昭和五八年一〇月から昭和六一年九月まで年金一九一万五、五〇八円、昭和六一年一〇月から原告右子死亡まで年金九五万七、七五四円が支給されることになつており、これらの労災保険からの給付金も原告らの損害額から控除されるべきである。

四  被告らの主張に対する原告らの反論

1  被告会社は、従業員三七、八名、車両二五、六台の小規模な被告諏訪のワンマン会社であり、被告諏訪が道路交通法七四条の二の規定による安全運転管理者に選任され(副安全運転管理者は選任されていない。)、車両の安全管理に関する唯一、最高の責任者であつた。

被告会社の事務所は一か所であり、しかも事務室は一部屋しかなく、被告諏訪、同高井らすべての者が右部屋で仕事をしており、被告諏訪は毎日右部屋に出社し、各事務の遂行を目のあたりして被告会社の業務に関し監督権を行使していたのである。被告会社の具体的配車状況についても、被告高井の作成する配車一覧表及び作業指示書が右部屋に備えてあり、被告諏訪において、これに目を通し、作業員の具体的な運転状況を掌握していたか、少くとも掌握し得たのであるから、被告諏訪が安全運転の監督者として過労運転を防止すべき義務に反したことは明らかである。

2  被告高井が訴外許斐に対し過労運転を下命したことは、刑事裁判において懲役六月の刑の言渡を受けていることからも明らかであり、被告高井が民法七一五条二項の責任を負うことは当然である。

3  原告らが昭和五六年三月二七日労災保険から金二〇〇万円を受領したのは事実であるが、これは労働者災害補償保険法二三条の規定に基づき労働福祉事業の一環として給付された特別支給金であり、損害の填補を目的とするものではないから、損害額から控除すべきではない。また、被告らは、労災保険から将来給付される年金についても損害額からの控除を主張するが、将来分については損害額からの控除を認めないのが判例である。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実(事故の発生)は、当事者間に争いがない。

二  同2(一)の事実(被告会社の責任原因)及び(三)の事実(被告高井の責任原因)については、当事者間に争いがない。

被告諏訪の代理監督者責任について判断するに、被告諏訪が被告会社の代表取締役であることは当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立とも争いのない甲第三七、第三八、第四二号証、成立に争いのない甲第四三号証、供述者の署名指印部分は弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められ、その余の部分は公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第八、第一五、第一六、第一七号証(ただし、甲第八、第一六、第一七号証については被告高井との間で成立に争いがなく、第一五号証については被告会社、被告諏訪との間で成立に争いがない。)、被告高井、同諏訪の各本人尋問の結果によれば、被告会社は、昭和四九年八月二八日に設立登記された土木建築請負業務を主とする資本金五〇〇万円の有限会社であり、登記簿上の役員としては、代表取締役に被告諏訪が、取締役に被告諏訪の妻訴外諏訪節子が就任しているが、訴外諏訪節子は名目的な役員であり、他に登記されていないものの、被告高井(通称西村新栄)が事実上の常務取締役として社内的に役員としての処遇を受けていたこと、被告会社は、クレーン車一五台位、トラツク六台位、乗用車五台位を保有し、従業員として総数三七名位(オペレーター一〇名位、鳶工二〇名位、修理工二名位、他に営業・事務関係者等)がおり、道路交通法上要求されている安全運転管理者に被告諏訪が選任されていたこと、被告会社の業務内容は、ビル工事現場等における杭の打込み、引抜き作業等を請負い、クレーンを操作するオペレーター一名、現場作業をする鳶工二名の計三名を一組として現場に派遣するものであり、作業員の組合せ、車両の配置、運行及び作業時間、作業場所等の具体的指示は、被告高井が行つていたこと、被告会社は、肩書住所地にある二階建プレハブ建物において業務しており(他に営業所はない。)、一階を更衣室、二階を事務室として使用し、同事務室が一部屋であるため、被告諏訪、被告高井及び事務員らは机を並べて仕事をしていたこと、被告高井の作業員に対する具体的指示は、新規の作業現場の場合は被告高井の作成する作業指示書(現場所在地、作業時間、作業内容等を記載したもの。)を前記事務室カウンターの上に置いて作業員に手渡し、また継続の作業現場の場合は一階更衣室備付の黒板に記載するなどして行つており、さらに被告高井はこれら作業員の作業内容をまとめた配車一覧表を作成していたこと、被告諏訪は、元請からの仕事の受注、請負金額の取決め、必要な器材の購入、資金繰り等主として被告会社の対外的折衝を担当し、作業現場への作業員及び車両の配置は被告高井に一任していたのであるが、一週間に二、三回は被告高井の作成する前記配車一覧表に目を通し作業員の配置、現場を確認していたほか、いつでも前記作業指示書や黒板の記載を見ることができ、被告高井の作業指示の内容を具体的に掌握し得る立場にあつたこと、被告会社及び被告諏訪は、道路交通法違反(訴外許斐に過労運転を命じた罪)により検察庁に送致されたが、被告諏訪は刑事訴追を免れ、被告会社が罰金五万円に処せられたこと、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、訴外許斐に対する事実上の指示・監督は被告高井が行つていたものであるが、被告諏訪は、被告会社のような小規模の会社において代表取締役であるとともに、安全運転管理者という企業内の安全運転管理の最高の責任者の地位にあつたのであり、しかも前認定のとおり被告諏訪自身容易に従業員の状況を掌握し監督し得る立場にいたものであるから、被告諏訪が被告会社に代わり現実に従業員の業務執行を監督すべき義務を有していたことは明らかであり、たとえ事実上被告高井だけが指示・監督をしていたとしても、それは被告諏訪の怠慢の責任が問われこそすれ、何ら民法七一五条二項の代理監督者の責任を認めることの妨げになるものではないと解される。したがつて、被告諏訪は、被告高井とともに、民法七一五条二項の責任を負うべきである。

三  被告らは、被告高井が訴外許斐に対して下命した本件事故前の稼働状況は、業界における被告会社の地位、被告会社の作業実態等からしてやむを得ないものであると主張するが、被告らの主張する訴外許斐の事故前九月二四日から同月二七日にかけての就労状況は、主張自体からしても過酷なものと考えられ、連日僅かな睡眠時間しかとれず、肉体的にかなり疲労していたことが窺えるのであつて、右のような作業を命じたこと自体、被告会社にとつていかなる理由があろうとも、許されることではない。

被告高井本人尋問の結果によれば、被告高井は、訴外許斐に対し過労運転を命じた道路交通法違反の罪により刑事訴追を受け、一審で懲役六月、執行猶予三年の判決を受け、控訴したが控訴審も同じ結論であつた、とのことである。

本件において、被告高井が事業の監督につき相当の注意をなしていたとか、訴外許斐に対する下命行為が社会的に相当であつたとかの被告高井や被告諏訪の代理監督者責任を免責させるような事情は全く認められないのであり、被告らのこの点の主張は失当であり採用の余地はない。

四  請求原因3の事実(原告らの地位)は、当事者間に争いがない。

五  損害について判断する。

1  葬儀費等

原告右子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡誠及び訴外螺良吉宏の葬儀は合同して社葬の形で行われ、その費用は被告会社が負担したが、原告右子は、亡誠の喪主として内輪で別に簡単な葬儀をとり行つたほか、仏壇購入や墓碑建立のための出費を余儀なくされたことが認められる。本件においては、一応社葬が行われたことを考慮し、損害として請求し得る原告右子の葬儀費等としては、金五〇万円をもつて相当と認める。

2  逸失利益

亡誠が本件事故当時満四三歳であつたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一三号証添付の給料明細書、成立に争いのない甲第二三ないし第三三号証(ただし、甲第三二号証の前借返済金、控除額合計、差引後支給額とある部分を除く。)によれば、亡誠の事故前一年間(昭和五四年一〇月から昭和五五年九月まで)における被告会社からの年収額は金三八八万九、一三三円であることが認められる。

被告らは、右年収は鳶工の作業をすることを前提に高給料になつていると主張するが、賃金センサスと対比してみても決して多い金額とはいえないから、亡誠は将来にわたり右年収程度の金額を得る蓋然性があつたと認めるのが相当である。そして、就労可能年数を六七歳までの二四年、生活費割合を三〇パーセント、ライプニツツ方式により中間利息を控除して算定すると、亡誠の逸失利益は次の計算式のとおり金三、七五六万五、二一三円になると認められる。

計算式・388万9,133×(1-0.3)×13.7986=3,756万5,213

3  慰謝料

本件事故の態様、発生原因、亡誠の年齢、社会的地位、原告らの相続人としての立場などのほか、労災保険からの給付など本件において認められる一切の事情を考慮すると、亡誠の死亡による慰謝料としては総額金一、四〇〇万円と認めるのが相当であり、そのうち亡誠本人の慰謝料は金九〇〇万円、原告右子の固有の慰謝料は金三〇〇万円、原告晋也、同徳美の固有の慰謝料は各金一〇〇万円と認める。

4  損害の填補

原告らが損害の填補として、その主張のとおり合計金二、三五四万八、三七一円の支払を受けていることは当事者間に争いがないから、その三分の一宛の各金七八四万九、四五七円を原告らの前記各損害額から控除する。

してみると、原告右子の残損害額は金一、一一七万二、二八〇円、原告晋也、同徳美の残損害額は各金八六七万二、二八〇円となる。

5  弁護士費用

原告らが被告らから前記損害金の任意の支払を受けられなかつたため、やむなく弁護士である原告訴訟代理人に委任して本件訴訟を提起、遂行してきたことは当裁判所に明らかであるところ、本件事案の内容、審理の経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係ある弁護士費用として被告らに対し請求し得る金額は、原告右子が金七〇万円、原告晋也、同徳美が各金五五万円の合計金一八〇万円をもつて相当と認める。

六  原告らが本件事故により昭和五六年三月二七日労災保険から一時金として金二〇〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、被告らは、右給付金を原告らの損害額から控除するべきであると主張する。しかしながら、右給付金が遺族特別支給金であることは当事者間に争いがないところ、かかる特別支給金は、労災保険の適用を受ける労働者及びその遺族の福祉の増進を図るため、労働福祉事業の一環として、労働者災害補償保険法二三条の規定に基づき給付されるものであり、同法一二条の八に規定する保険給付と異なり、損害填補を目的とするものではないから、原告らの損害額からこれを控除することはできないと解される。したがつて、この点の被告らの主張は失当であり採用できない。

また、被告らは、原告らが将来労災保険から受けることのできる遺族補償年金についても損害額からの控除を主張するが、いわゆる使用者行為災害の場合においても、労働者災害補償保険法に基づき将来にわたり継続して保険金を給付することが確定しただけで、いまだ現実の給付がない以上、将来の給付額を受給権者の使用者に対する損害賠償債権額から控除することは要しないと解されるから(最高裁昭和五二年一〇月二五日判決・民集三一巻六号八三六頁参照)、この点の被告らの主張も採用できない。

七  以上のとおりであるから、被告らは各自原告らそれぞれに対し、前記弁護士費用を除く損害額の各内金二五〇万円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな被告会社、被告諏訪については昭和五六年四月七日から、被告高井については同年八月六日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、被告会社及び被告諏訪は各自原告右子に対し、右金二五〇万円を除いた損害額である金九三七万二、二八〇円、原告晋也、同徳美に対し、右金二五〇万円を除いた損害額である各金六七二万二、二八〇円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年四月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

よつて、原告らの被告高井に対する請求は理由があるのでこれを認容し、被告会社及び被告諏訪に対する請求は前記の限度で理由があるのでこれを認容し、その余の部分については理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田聿弘)

遺族年金明細書

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例